上原清吉
本部御殿手 [1904〜2004]
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本部御殿手とは何か?
琉球王家に一子相伝されてきた秘伝武術である。
このまるで北斗神拳のような武術の歴史は、慶長14年(1609)の島原藩による琉球支配に始まる。
他国の侵略に屈して武装解除された国には必ず徒手空拳が育まれるものである。
琉球も例にもれず徒手空拳や身近な道具を武器にして圧政者に抗した。
その中で琉球王朝第27代尚質王の第6王子・尚弘進本部王子朝平が創始した技芸は、以後王家指南役兼身辺警護を担う本部家の長子にのみ、連綿と伝承されてきたのだ。

上原清吉氏は明治37年(1904)の生まれ。
22歳で第12代宗家の印可を受けた。
師は本部朝勇氏。あの沖縄実戦空手の本部朝勇である。
本部朝勇氏は、それまで一子相伝されてきた秘技を、はじめて本部家以外の人物に伝えた。
そこには様々な事情があったことと思われるが、我々にしてみれば幸運であった。その技芸を知ることができたのだから。

本部御殿手は貫手を多用する。
急所や目突は当たり前で、スポーツ武道ではあり得ない相手の肉体を破壊することを目的とした技の多様さは目を見張るばかりだ。
激動の中で生まれ、実戦の中で受け継がれてきただけあって、一撃で相手を制し、あるいは倒すエグイ技がかなりある。
演武のビデオを見たが、歩法がハンパではない。
どんなに動いても腰から上が固定されたまま、空間を滑っていくようなのだ。
複数の弟子を相手にしても、走ったり跳ねたりはしない。
普通に歩くだけである。突いても捌いても発声もなく、表情も変えず、散歩でもして、知人に手を上げて挨拶でもするような動きで、弟子たちはバッタバッタと倒されていくのだ。
袴を履いている為に足捌きが確認できないのが非常に残念である。