塩田剛三

大東流合気武道
[1915〜1994] 享年78歳,154B,45L

植芝盛平が『静』の人なら、
塩田のおっちゃんは間違いなく『動』の人だ。
ビデオで見る塩田剛三は、襲いかかる複数の弟子たちの間をすり抜け、駆け抜け、
まさにちぎっては投げちぎっては投げしている。
合気道の師範といえば、
普通、茶道の師匠のように、落ち着いた佇まいに不適な表情といったイメージだが、
塩田剛三は、歯を見せてニカッと笑い、人を喰ったような顔つきをしている。

悪ガキ塩田君が生まれたのは、大正4(1915)年。
中学5年で講道館柔道三段取得していた塩田君は、
昭和7年18歳の時、友人の誘いで植芝道場を見学する。
一通り演武を終えた植芝翁が、塩田を誘う。塩田はいきなり蹴飛ばしにいった。
この気の強さが塩田君の持ち味である。
勿論塩田君は一瞬で投げ飛ばされ、即日入門することになるのである。
以後8年間植芝翁のもとで修行を積み、
昭和30年『養神館』を立ち上げ独立。

さて、
巷でよく話題になるのは、
合気道が、果たして実戦でどれ程使えるかってことだ。
合気道を学ぶ者のうち、低段位の者の技はほとんど実戦では役に立たないと思われる。
練習の中で実践的な訓練が成されておらず、
合気道の技自体の修得の難しさもあって、
ある程度の高段位にまで達しないと、その技は使いものにならないからだ。
では、高段位の者は使えるのか、
相手が武術の心得のない、暴力団員、あるいは武器を持った暴漢の類いであれば、
これを倒し、取り押さえることは容易にできるだろうが、
他武術の、それも高手であった場合はどうだろうか?
実は
かなり良い勝負になると思う。

合気道の攻略法は、
とにかく引き手を素早くして、
相手に身体を掴ませない、あるいは触れさせないことである。
合気道対策としてよく挙げられるローキックは、実は難しい。
袴を履いた脚の急所に正確にヒットさせるのは難しいし、
一本脚になって身体のバランスを崩しやすい状態をつくることは合気道相手には
非常に危険で、容易に間合いを詰められ倒されてしまうからだ。
合気道相手に接近戦は避けたい。
脚の運用法と、姿勢制御に長けた合気道は、
接近戦ではかなり手強い相手だ。
ヒットアンドアウェイで細かな攻撃を繰り返しても、
最後には必殺の一撃を相手に叩き込まなくては勝負はつかない。
しかし、勝負を決する懇親の一撃こそ、
合気道の待っていた瞬間で、
逆転の投げを喰らってしまう。
積極的に相手を倒すという意味では、合気道は決して強いとは言えないが、
攻撃してくる相手に対しては、かなり強い。
合気道の強さは、勝つことより、負けない強さだと言える。


『刃牙』で塩田剛三vs大山倍達を描いていたが、
実際にはおそらく大山倍達の攻撃は1発も塩田剛三には当らないだろう。


養神館


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