植芝盛平

大東流合気武道
[1883〜1969] 享年86歳
153B

盛平君が和歌山で生まれたのは明治16年のこと。
18歳で上京した際に起倒流柔術,神陰流剣術を学んだらしい。
その後帰郷して入隊して、22歳の時には日露戦争に従軍、軍曹に昇進。
兵役中、柳生流柔術の中井正勝師範の道場に通って免許皆伝。
除隊後は農作やりながら講道館柔道を習う……
って、この人ほんとに武術が好きなんやなぁ。
そうした素養の上に、32歳の時に出会った大東流の武田惣角師の存在がある。
彼に学んだ大東流柔術が、後の『合気武術』を生む。
植芝翁が『合気武術』を呼称したのは大正末期のことである。

合気道の技の基本は投げ技,固め技。
主に突きや手刀、武器を持ったものの攻撃、そして掴みに対しての返し技である。
(ローキックに対しては、合気道ではどんな返し技を使うのだろうか?)
打ち込んでくる手首や腕の関節を極めて投げ、または固める。
その際の流れるような入り身と捌きは見事であるが、
こんなものは見ればだいたい出来る。
この辺の技は少林寺拳法の投げ技に似たものが多いし。
難しいのはその先である。
相手の動作の呼吸を捕らえ、動きの力点をずらして投げる高等技術。
これを可能にしているのも、勿論入り身と捌きの技術だが、
生半可な修練で出来得るものではない。
さらにその先がある。『合気』だ。
呼吸や力点という概念以前。
人が身体を動かすという時の、
内力、勁、あるいは気力、のようなものを操作する。
もう『技』というより『術』といった感じだ。
見ているものにはもはや魔法としか見えない不思議な現象が起こる。
触れられただけで動けなくなったり、
力学的にありえないような不自然な倒れ方をしたりと、
こうなると最早、武術の範疇を超えた何かになってしまうのだ。


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